ごあいさつ
住職あいさつ

現代は、私の10代20代の頃には考えられないような精密機器の発達が著しい時代が到来しています。
アナログが当り前で有った時代は、とうに過ぎ今やデジタル全盛が世界中を支配しています。
寺離れが叫ばれている昨今、ホームページを起ち上げて檀家の方の気持を繋ぎとめて、又更に多くの人々に見て頂くことによってお寺の魅力が発信できればこの上ない喜びになると思います。
アナログが当り前で有った時代は、とうに過ぎ今やデジタル全盛が世界中を支配しています。
寺離れが叫ばれている昨今、ホームページを起ち上げて檀家の方の気持を繋ぎとめて、又更に多くの人々に見て頂くことによってお寺の魅力が発信できればこの上ない喜びになると思います。
住職 笠井 正見
住職 略歴
- 昭和25年 愛知県生まれ
- 昭和49年 臨済宗円覚寺派 円覚寺専門道場にて修行
- 昭和57年 真福寺 住職就任
- 現在に至る
副住職あいさつ

私は日本伝統建築に魅了され神社仏閣を専門とする設計事務所に入社就職しておりました。業務上お客様として住職と親しい和尚様と出会い「生まれた時から檀家に見守られ育ててもらった恩返しをしなさい」とお叱りを受け、至極納得し仏門への道を志し3年半の禅修行を行いました。お恥ずかしながら、仏教の「ぶ」の字も知らず生きてきましたが、仏教に触れてみると2500年前の教えが現代にも通じており、自分自身を始め人々が人生の苦難を乗り越えられる教えを多くの方に伝えたい思いが起りました。
「葬式坊主にはなるなよ」と修行寺の檀家様には何度もお言葉を頂き、加えて建築学で学んだ建物だけではなく人々が集う空間やコミュニティも重要であると実感していることから、この真福寺が人々の身体も心も落ち着くことのできる寺院を目指したいと日々思案しております。世の中が急激に変化する時代に即しながら真福寺が未来永劫、仏様や故人様、子孫の拠り所となるよう日々法務お勤めを行ってゆきたい所存です。
お気軽に真福寺に御越しいただき、皆様とお話が出来ましたら幸いにございます。
ありがとう存じました。
「葬式坊主にはなるなよ」と修行寺の檀家様には何度もお言葉を頂き、加えて建築学で学んだ建物だけではなく人々が集う空間やコミュニティも重要であると実感していることから、この真福寺が人々の身体も心も落ち着くことのできる寺院を目指したいと日々思案しております。世の中が急激に変化する時代に即しながら真福寺が未来永劫、仏様や故人様、子孫の拠り所となるよう日々法務お勤めを行ってゆきたい所存です。
お気軽に真福寺に御越しいただき、皆様とお話が出来ましたら幸いにございます。
ありがとう存じました。
副住職 笠井 正律
副住職 略歴
- 平成3年 愛知県生まれ
- 平成31年 臨済宗妙心寺派 瑞泉寺専門道場にて修行
- 令和5年 副住職就任
- 現在に至る

真福寺について
宗 派
臨済宗大本山
妙心寺派
山 号
天安山
本 尊
如意輪観音菩薩
真福寺の歴史
愛知県小牧市久保一色にある、臨済宗大本山妙心寺派の寺院です。
山号を天安山と称し、本尊に如意輪観音菩薩をお祀りしております。
天文13年(1544年)の創建以来、移建・震災復興を経て、地域の皆さまとともに歩み続けてきたお寺です。令和3年には大本山妙心寺より準別格地の認定を拝受しました。
天文13年(1544年)
創 建
楽田城主織田家一族・富田家の開基により、現在地より1キロ東の本田屋敷に創建。開山は楽田永泉寺の高弟・匡周景桓禅師。
万治2年(1659年)
現在地へ移建
境内が手狭となり、現在地の新田屋敷へ移建。
文化8年(1811年)
薬師如来像の安置・さら灸の始まり
第8世住職・霊允禅師が楠木正成公の念持仏である薬師如来像を安置。諸病退散・学業成就の霊験があるとされ、さら灸ご祈祷が現在まで続く。
明治24年(1891年)
濃尾大地震と伽藍の復興
濃尾大地震により本堂・庫裏など壊滅的な被害を受ける。地域の檀信徒・職人の協力のもと、33年をかけて伽藍を復興。
令和3年(2021年)
準別格地の認定
大本山妙心寺より、寺院等級「準別格地」の認定を拝受。
2044年
令和26年 創建500年を迎えます
所在地
| 寺 名 | 臨済宗妙心寺派 天安山 真福寺 |
|---|---|
| 住 所 | 〒485-0045 愛知県小牧市久保一色3162 |
| 電 話 | 0568-76-3432 |
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